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(無題)

 投稿者:1  投稿日:2007年 7月 3日(火)15時50分13秒
  (shino.c-c@wanadoo.fr)  
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2007年 6月15日(金)12時23分51秒
  kinunu75@hotmail.com  

ことらいたの(今年のライブたのしみです)

 投稿者:  投稿日:2006年 1月11日(水)02時37分18秒
  >テレビだって一人に一台

あの、3丁目の夕日で、鈴木オートにテレビが来たとき
近所のひとがいっぱい集まって
力道山みる場面がなんだか懐かしかったです。
端にぴろぴろのついたゴブラン織りの緞帳とか・・・
正座して見たりして。
遠い日ですね。

>こういうもんさね、
そうなんですねえ。
なんだか拡散してしまって、
流れのようなものが消えてしまった感じがしますね。

たくさんあってさびしい、みたいな感じですね。
 

あけおめことよろ

 投稿者:本多信介  投稿日:2006年 1月10日(火)22時21分55秒
  なんだかみんな掲示板を持ってるね、
テレビだって一人に一台
こういうもんさね、
 

迎春

 投稿者:  投稿日:2006年 1月 3日(火)01時02分45秒
  あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくおねがいいたします。
 

今年も終わりますね

 投稿者:  投稿日:2005年12月29日(木)02時19分45秒
  お付き合いくださりありがとうございました。
来年もすこやかな一年でありますように。

よいお年をおむかえくださいませ。
 

今日聞いた話

 投稿者:  投稿日:2005年12月16日(金)11時50分32秒
編集済
  十年ほど前になくなった友人のおとうさんは、晩年認知症だった。
もと軍人だった彼はまことに厳格で、厳格なまま彼の時計はとまり、呆けた。

ある時彼は油性ペンで床に字を書いた。
いったいなにを書いているのかと思うとそれは漢文で、
このようにせよ、と読み上げ、言い聞かせながら、延々と漢字を書き続けた。
嫁いで車で30分ほどのところに住む友人は、母親のSOSのコールに呼ばれた。
近所に住む妹も駆けつけた。
「なんでこんなところにマジックでかくのか」と
姉妹は情けない思いで床の文字を消したが、消しても消しても彼は漢文を書く。
ある時から彼の書くにまかせた。
よそから見れば家はひどいありようだった。

大柄なひとで鍛え上げ体力もあったので、
だれもその暴走を止められずそれはもうたいへんだった。

紙おむつにすると、それを嫌がり包丁を持ち出して切りとってしまおうとします。
そんなことをしないでと、止めようにも
包丁を振りかざすものだから怖くて近寄れなかった。

彼は徘徊老人であり、気がつくと家にいない。スリッパのまま家を出て行ってしまう。

雨の日などはすべってころびそうになるのでこれではあぶないと思った彼は
ナイフを取り出してスリッパの裏に溝を作り始めた。
それがなんとも乱暴で、見ている母親が怖がった。

お金にはきちんとしたひとだったのに、急にお金を使い始めた。
一万円持って豆腐屋で油揚げを買い、おつりはいらないと言って帰ってくる。
油揚げなど買う必要もなかった。
何軒もの店のひとがおつりを返しにきた。

あるときはちょっと目を離したすきに自転車で出て行ってしまい、
セメントを買って帰ってきた。
玄関のあがりかまちが高すぎると言って
そのセメントで足継ぎ台を作ってしまった。
もう呆けているのに、そんなことはできるのねえと感心もしたが
次になにをしでかすかと不安でもあった。

あるときは五寸釘を壁にうちつけ、隣りの家にも無断で同じ五寸釘をうちつけ、
それをロープで結んだ。
もうこれでなにがきてもオタクとうちが協力していけるから大丈夫です、
と彼は真面目な顔でいった。

ご迷惑をおかけして、と家族のものが謝りにいき、こう頼んだ。
「家のものが言ってもなかなか聞き入れませんので、
どうぞ、おたくさまが本人をしかってやってください」

そういわれてこまった隣人は
「うちは釘は打たないことにしてますので」と言った。

どのときも友人は行きの車のなかではまなじりを結し、こころを張り詰めていた。
帰りの車のなかでは、いつも泣いていた。

そんな父親に手を焼いていた家族は、
貧血で倒れたのをいいチャンスだと思い救急車を呼んだ。
しかし、もともと元気なひとなので、救急車が着くころには立ち直ってしまった。
連れて行こうとする救急隊員に向かい、
「君の名前をいいたまえ」と言って手帳にメモしたりする。

「いえいえ心配ですので、どうぞ病院へお願いします」
と家族のものが懇願し、それから頼み込んで入院させてもらい、
彼はそこで亡くなった。

父親に恨まれているだろうなという思いが今も湧いてくるのだという。
 

なんだかおひさしぶりでございます。

 投稿者:  投稿日:2005年10月29日(土)01時06分15秒
編集済
  いまはうまく表現できないもの、
痛くはないのだけれどずっとささったままの小さな棘のようなもの
思いはいつもそこに帰っていくのにきちんと向き合えなかったりするもの
そんなものが時を経て、かたちになって
なにかしらほんとうのものが生まれてくるのかもしれんなあ
とか思う本多さんのお言葉です。
深いです。(うーん、今日はちょっと酔うとりますです)

オートマってこわいっすよね。
89歳の姑見てて思うのですが
やらなくなることはできなくなることじゃないでしょうかね。

このごろ自分を含めて大人のひとの直筆が子どもっぽくおもえてなりません。
うまい下手ではなく、味のようなものが無いような。
父親の字なんてみみずののたくりだったけど、おやじの字って感じでした。
自分の手で書かなくなったこと、たくさんありますものね。
オートマに味わいはないなあって気がします。
父親はエンジンが焼けるほどローでひっぱる、うるさい運転でした。
だから父親が帰ってきたとわかるのでした。
 

宿題はしんどいさ

 投稿者:本多信介  投稿日:2005年10月28日(金)23時22分54秒
  宿題ってーなんだろね、
やりたくないものの、代名詞。

それが年単位ってー、、のは宿題ではなくて
宿命、いやーいやな言葉だ、こういう場合
熟成、醸造、昇華、消化っていうかなんだか、わかりまへん

なんだかブログっつうのは前のコメントが
見えないから会話にならないかなー

マニュアルからオートマになったってことかな
おれはオートマ運転できないからね、
って20年前に酒飲みで第3京浜で免許取り消し、
でもそのまま飲み続けて朝、ちゃんと江ノ島を迎えた、
もっかい免許取るかな、、っておれの宿題@
 

しんどさの宿題

 投稿者:  投稿日:2005年 8月18日(木)00時46分56秒
編集済
  「日々絶筆」の書家が
自分が宿直していた国民学校が空襲にあったこと
その凄絶で悲惨なさまを書にしたのは
戦後30年(20年だったかな?)たってからだと
このあいだ3チャンネルで誰かが言ってました。

あらわしたくてあらわせないものを
身のうちに抱えて長い時間を過ごすこと。
しんどさの宿題。
これまたすごいお言葉ですね。
 

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