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一応

 投稿者:NOB  投稿日:2013年12月14日(土)01時10分12秒
  ↓のは某所に寄稿したモノです(^^ゞ
今後はここをその下書き用に使うつもり
 
 

スキャンダルはファンタジー

 投稿者:NOB  投稿日:2013年12月13日(金)17時12分18秒
  ダチョウ倶楽部は熱湯風呂やアツアツおでんのリアクション芸のことをファンタジーと言っている。
信じるのも信じないのもあなた次第というわけだ。
昨今では怪我がどうのと五月蠅いので危険なマネができなくなってきてるからだろう。
翻って、アイドルのスキャンダルもファンタジーのように感じる。
アイドル以外の二十歳を過ぎた女性が「男性と口きいたことありません」などと言ったら、ドン引きしないか?
もちろんアイドルとして青春をかけているのだから恋愛に現を抜かす余裕などないだろう。
しかし、何をやっても巧く行かない時期はあり、ポッカリ空いた心の隙間にするりと入り込んでくるものもいるだろう。
それが単なる同好の志の場合もあれば、飲み仲間、遊び仲間、恋人関係とさまざまだろう。
しかし、傍から見ればいずれも「私的なお付き合い」だ。
これを報じられればその内容に関わらずスキャンダルになる。
このスキャンダルが根も葉もない場合、「全部出鱈目だ」と息巻く人もいる。
しかし、「全部出鱈目」への反証は「事実もある」で十分であり、例えば、名前や所属グループ、母親と二人暮らし、私的なお付き合いをしてる、などを指摘し、違う部分を論破しろと求められる。
「出鱈目だ」と言った方に立証責任が生ずるのだ。
ところが、「お友達だったことだけは間違いない」は秀逸な返しだった。
つまり、言い訳をしないで一部だけを認めることで「ファンタジー」にしてしまった。
学校の友人でも恋人でも「お友達」には変わりはない。
あとは受け止める方が勝手に想像すればいい。
で、その後バラエティで際どい返しを連発するが、主語を言わずにどちらとも取れるようにしか言っていない。
「写真を売られた」と言った時、「誰に」と言わなくても「元彼に」と勝手に補う人がほとんどだが、言わないことでファンタジーになる。
その後このやり方を真似る人が増えたが、失敗例が出て終息する。
お泊り熱愛と報じられて「泊まりに行ったのは間違いないが、疾しいことはしていない」だ。
オールで遊ぶことを前提に行っただけで、熱愛ではないと言いたかったのかもしれないが、異性の部屋に泊まりに行くと言われていいイメージを持つ人はいない。
これが「遊びに行ったのは間違いないが、疾しいことはしていない」だとどうだろう。
遊びに行って遊びに熱中して気が付いたら朝になっていたという受け止め方も可能になる。
つまり、ファンタジーになっていたかもしれないのだ。
その後の騒動を経て今ではスキャンダルに対してほとんどがスルーを決め込んでいる。
スキャンダルをファンタジーにできる猛者はもはやいないのかな?
 

閑古鳥

 投稿者:NOB  投稿日:2013年12月13日(金)09時36分44秒
  メモ代わりに再開(^^ゞ  

眠い(-_-)zzz

 投稿者:NOBメール  投稿日:2008年 6月11日(水)23時40分19秒
  新作に取り掛かってはや2週間、寝不足です(-_-)zzz
寝てるといきなりキャラが暴れ出すから大変
眠っていられないというか、起き出して書き書きφ(..)メモメモ
「水滸伝」の影響も多いけど悩ましいのは人物の名前
実在の人物はそのまま使っていいのか?
「水滸伝」にも実在の人物が混じっているんだよね
まぁ、「水滸伝」の人物も名前くらいなら使ってもいいのかなぁ?
しゃべったりしなきゃ…(^^ゞ
ホント悩ましいです((+_+))
 

たまには

 投稿者:NOBメール  投稿日:2007年12月10日(月)23時30分42秒
  「物語」も(本宅)の「100年後」(別宅)の「十二国記」「風の行方」いずれも休止中
ぼちぼちと思っているけど最初は「100年後」のリライトかも
まさか親王が今れるとは予想外
構想から練り直してのリライトになりそう
その辺りはどこに書こうかな?
 

3年半以上空いた

 投稿者:NOBメール  投稿日:2006年 9月26日(火)23時43分33秒
  前のカキコが3年前の2月
それ以降「100年後のお話」は頓挫している
丁度100年後のその日のことを書くということがネックになった
それ以上に世界が狂ってしまったのも大きい
自分でもう厭になってしまったというのもある
一方で「楽天」のブログもこの頃始めている
(別宅)と称していたものの、(本宅)が完全に年イチ更新ですからね
コンテンツの量自体も抜いてるんじゃないかな?
それはそれとして「十二国記」でないオリジナルの「お話」についてのメモを

舞台は剣と魔法の信じられている世界
それまでの平穏な日々が突然壊れてしまう
破壊と殺戮が襲い掛かり、辛くも王太子は難を逃れて祖国復興を目指すことになる
が、状況を把握したら自分の祖国だけの問題ではなかった
多くの国が平和を失ってしまった
それを取り戻すために、まだ危難にあっていない国に逃れ、立ち向かう仲間を集う
で、特色のある仲間とともに平和を取り戻そうとするが…

基本ベースはこんなものだが、名前とかどうしよう?
国の名前、国都の名前、キャラの名前…
キャラの特色をどうするかってのもあるし…
困ったもんだ<おひ!
 

権利と義務

 投稿者:NOBメール  投稿日:2003年 2月 3日(月)00時05分55秒
  2003年になっても世界情勢は「子供のおもちゃ」となっている
そもそも「自分のみを守るために武装するのは当然の権利」と
個人の銃器所持を認めている国であっても人を殺せば罪になるが
誰も傷つけたりせずに保有するだけなら罪を問われることはない
銃器による無差別殺人事件が多発して銃器の保有を制限する法律を求められても
銃器の製造業界の意向で野放し状態にある国だというのに
他国民が自衛のために武器を持つことを批難し
その国の保有するあらゆる武器より殺傷能力の高い新兵器のテストも兼ねて
独立国家を転覆させ傀儡政権を樹立して利権を独占するために
無辜の民をいくら殺してもなんら痛痒も感じない
そんな「子供」によって多くの人の命が奪われようとしているのに
政治的軍事的経済的なガリバーの「子供」であるために楯突くことができないでいる
その「子供」の腰巾着のお膝元でも「火遊び」への反対の声が上がっているし
「子供」とその取り巻き以外は「火遊び」に賛成というわけでもないのに
駄々をこねてる「子供」を叱りつけ、黙らせることができない

自分に認められている権利は他人にも認めるから容認されているだけで
他人に認めていない権利を主張しても容認されないのが当然なのに
己の権力を嵩にきて権利をごり押しする姿は暴力団と同じでしょう
暴力団ならいつどこで報復を受けても仕方のないことで
一欠けらの同情も得ることなどありません
このため2010~2030年の間に「最後の世界大戦」が勃発した
超大国による「独裁」への批判と内部崩壊が同時進行し
国家というレベルでの対立を回避するために
Cityという行政単位への解体が行われた
それは民主主義の完遂の形でもあり、瓦解の一歩手前でもあった
軍隊は「世界政府」のもとに一元管理されることになったが
21世紀末でも世界各地で民族紛争などが耐えない
これは権利義務関係が平等でないことに起因しているようだ
 

対立の構図

 投稿者:NOBメール  投稿日:2002年 4月13日(土)21時42分6秒
  有史以来支配する層と支配される層の対立が続いているが
第二次世界大戦までは産業革命を背景とした先進諸国の植民地支配の形であり
戦時中から民族自立の動きがあったものの
90年頃まではその民族自立も米ソの対立の代理戦争の様相を呈しており
ソ連の崩壊後に漸く本当の民族自立の戦いが始まったと言っても良く
旧ユーゴスラビアはその内包する民族問題をいまだに解決できないでいる
東ティモールのように独立を勝ち取った地域もあれば
チベットのように軍事的に押さえつけられている地域もあるし
カシミールのように誰のものになるのか明確でない地域もある
とりわけパレスティナのように殺し合いの終わりの見えない地域もある
この背景にあるのはいわゆる先進諸国のエゴと言える
先進諸国の都合によって国境線が引かれ統治者は先進諸国の傀儡に過ぎなかった
この傀儡は時には非合法な手段で非政府勢力を抹殺したりもした
形式的には民主的でも実質的には恐怖政治だったりする
これを打倒するためには民主的な手続きでは不可能で
暴力的な手段によって対抗するしかないのだけれど
この行為は「テロ」と看做され圧倒的な軍事力によって弾圧されることになる
つまりたとえどんなに非民主的な政府であろうとも
自分の「暴力」のみによって打倒することは認められないのであり
「誰か」の後ろ盾が必要であるとしているようだ
この「誰か」とは国際世論であるべきなのに「アメリカの正義」のことが多い
かつての「黒幕」で必ずしも「正義」とはいえないアメリカが、ですよ
アフガニスタンへの「報復」などは「過剰防衛」であるし
イラクなどを「悪の枢軸」と断じて武力攻撃するのは常軌を逸してるとしか言えない

そんな独善的なアメリカや追従する国々とこの勢力に対立する人たち
グローバリズムとナショナリズム、あるいはリジジョナリズムとの対立になる
このグローバリズムが20年頃には「変だ」と言うことになる
経済的な破綻が起きた時の「自分勝手な」対応によってアメリカの信頼感が失われる
同時に日本やEUも経済的に行き詰ってしまう
「遅れてきた資本主義国」も漸く先進諸国並みの豊かさを享受できかけていたのに
先進諸国のために押しつぶされてしまう
そんな時戦争によって景気回復を図るアメリカに対して「標的」が牙を剥く
長い闘争の時期を経てついに国家と言う形式からの脱却を図ることになる
とはいえグローバリズムとの対立が解消しただけであり
民族同士の対立は21世紀末になっても根強く残っている
20世紀の蒔いた民族対立の種は21世紀を通しても解消には至らなかった
このため紛争の地は経済的に行き詰っており
いち早く対立から抜け出した地域へ難民として流入して定住を図っている
TKO-Cityのアジアンタウンもこうした人たちの流入先の一つである
少子化により人口爆発と無縁だったことも流入先であることの一因といえる
彼らは「祖国」の復興のための技術や知識を得ようとしているが
一部はCityの外で農業や漁業などに従事したりしている
彼らの賃金が比較的に低いことで食料価格の高騰を抑制している
世界規模での地域格差が解消するのは22世紀になってからと考えられている
 

貨幣単位の変更

 投稿者:NOBメール  投稿日:2002年 4月10日(水)23時52分20秒
  「物語」の中では「食」と言う貨幣単位を使ってますがちょいと無理があります
1年365日、1日3食でおおよそ1100回の食事をすることから1年食=1100食にしたんですが
1年12ヶ月と言うのと1/10との兼ね合いがおかしくて無茶してました
0.1年食が110食だったり100食だったり11ヶ月分で12ヶ月分にするとか
ややこしい辻褄合わせしていました
この1食と言う単位でできる食事と言うのも曖昧ですよね
朝食や昼食、夕食とでは質量ともに違うから値段が違うはずですよね
アスカたちがいろいろ食べてる食堂はバイキング形式ってことで誤魔化せますが
クリスマスのディナーが同じ値段とは思えませんよね
そこで1食と言うのは今の貨幣価値で500円程度の昼食に相当するものとして
100食=1月食、12月食=1年食ってことにしました
朝食などは「半食」=1/2食、お菓子などは「四半食」=1/4食くらいにすると
「食」のもう一つしたの単位として「茶」と言うのが必要に感じられたんで
10茶=1食ということにして最低単位を「半茶」=1/2茶とします
となるとこれらを今の貨幣単位に換算すると
半茶=25円、1茶=50円、四半食=125円、半食=250円
1食=500円、1月食=5万円、1年食=60万円
一人暮らしの部屋で光熱費込みで1月食とすると5万円だから妥当な線かしら?
家族向けの2LDKとか3LDKとかなら2月食や3月食となるのでしょう
一人暮らしの場合、諸々を含めて3~5年食くらいで生活できると思われる
現在の貨幣価値だと一月に15~25万円だから…こんなものでしょうか
学生なら食費、家賃、学費にそれぞれ1年食で残りが娯楽や衣料、雑貨etcかしら?
奨学金(あるのか?)貰ったり学費免除になったりすれば安く上がるかもしれないが
それなりの収入がないと大変ですね

この「食」は基本的に電子マネーになっているがモチロンアングラもある
アジアンタウンなどの庶民的なお店では貨幣や紙幣が使われています
電子マネーは管理されてるお金であることに反発してる人たちも貨幣や紙幣を使います
普通の人たちはブレスレットに内蔵されたチップで精算したりしています
暗号化技術が進歩しているので偽造などはほとんど不可能だけど
趣味的に「悪巧み」をしている人たちが皆無と言う訳ではない
が、「管理されていない」で生きることが都会では難しくなっており
管理された掌の上でできる「悪巧み」など他の人の迷惑にならない程度のものであって
ある意味「知的ゲーム」の一種と見られていたりもする
とするとアスカたちが参加してる「コンテスト」もこの一種であろうと思われる
毎月の優勝賞金が10年食(=600万円)というのは高過ぎたような気もするが…
このあたりの設定についても推敲が必要だなぁ
 

続・140歳

 投稿者:NOBメール  投稿日:2002年 2月28日(木)12時54分2秒
  医学の進歩を言うものは恐ろしいもので不治の病もなくなりつつある
エイズも治療薬ができてきているし癌もある程度までは延命が可能になっている
ヤコブ病などの原因不明の病気はまだ治療法が確立していないけれど
遺伝子レベルの分析が進めば遅くとも今世紀中に不治ではなくなってるかもしれない
そうなると人は死ななくなりますよね
致死遺伝子の研究が進めば老化を防ぐことができるようになる訳で
一旦生まれた人がいつまでも若々しく病気にもならずに生きていることになる
事故に遭っても脳さえ無事なら人工臓器などで生き長らえることになりそうだ
要するに簡単には死ねなくなるのだ
「物語」では140~150歳くらいまで生きることになっているのは
医学の進歩の恩恵を受けるのに時間が掛かるためで
最終的には200歳だの300歳だのという人がごろごろ出てくるかもしれない
「物語」の世界ではまだ過渡期なのでこの程度で死ねることにしてます
ただ究極の問題はそんだけ長く生きてる意味って何があるのってこと
老化が訪れないからいつまでも「現役」として働けるけど
逆にいつまで経っても上の世代が引退しないので組織に変化が訪れない
ある意味終わりのない「今」を生き続けなければイケナイんです
また、資源の枯渇が今よりも深刻になっているために無駄なものは赦されなくなる
求められるのはより少ない資源でより多くの効果を挙げることだから
研究開発のみが達成感のある仕事になるだろう
この仕事に従事する人はいいけれどそうでない人たちはどうなのだろう
どうやって生き甲斐を自分に与えるのか?
自分が納得する生き様ってどういうものだろうか
要するに肉体的には長命になっても精神的には厭世的になりかねない(かもしれない)
そのあたりのバランスは100年程度で取れるようになるのだろうか
「眠って」しまう現象もここらに関係あるかもしれません
 

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